訪問販売などで商品等を購入する契約においては、法律で一定の日数が経過するまでの期間であれば無条件に契約を解除して代金の支払いを逃れることが可能となるクーリングオフ制度が設けられています。
(訪問販売については特例商取引法第9条、内職商法などの業務提供誘引販売取引については特定商取引法第58条参照)
しかし、インターネット通販など通信販売によって商品等を購入する取引についてはクーリングオフの制度は法定されていませんから、ネット通販などで商品を購入した場合は一方的に契約を解除することに一定の制限がかかることになります。
では、なぜインターネット通販などの通信販売ではクーリングオフによる契約の解除が制度化されていないのでしょうか?
通信販売でクーリングオフが制度化されていない理由
通信販売でクーリングオフが制度化されていないのは、通信販売が購入者が販売者に対して能動的にアクセスするものだからです。
訪問販売の場合、突然自宅に訪問されたり、街中で声を掛けられたりして商品の購入を迫られることになりますから、いわば「不意打ち的」に契約を結ばされることになります。
これは内職商法やモニター商法といった求人広告商法(業務提供誘引販売取引)においても同様で、求人広告やオーディション、モニター募集の広告などに応募して説明会などに参加する人は「仕事を紹介してもらえる」とは考えていてもまさか商品の購入を迫られたり登録料(その他手数料・保証料等)の支払いの契約を結ばされるとは思っていませんから、訪問販売の場合と同様に「不意打ち的」に商品を買わされたり登録料等を支払わせられることになります。
そのため、このような不意打ち的な精神状態で契約を結ばされてしまった人を保護するために、一定の期間内(訪問販売は8日間、業務提供誘引販売取引は20日間)であれば消費者の方から一方的に、かつ、無条件に契約を解除できるというクーリングオフの制度が設けられているのです。
しかし、通信販売の場合は異なります。
インターネット通販に代表される通信販売では、業者側の広告などを見た消費者が、ある程度その商品等の品質等を確認したうえで「この商品を買いたい」と自ら能動的に業者のウェブサイトなどにアクセスして購入を申し込むのが通常です。
そのため、「不意打ち的」に商品を購入させられるといった状態にあるとは言えませんから、訪問販売や業務提供誘引販売取引と比較すると消費者側を保護する必要性は弱くなります。
このような事情から、通信販売ではクーリングオフの制度は法定化されていないわけです。
通信販売にクーリングオフの制度はないが、クーリングオフに”準じた”契約解除の制度がある
前述したように、インターネット通販に代表される通信販売においてはクーリングオフの制度は法律上整備されていませんが、通信販売の場合に一方的に全く解除できないかというとそうではありません。
通信販売でも、契約から8日間が経過するまでであれば一方的に契約を解除できる制度が法律で定められています。
それは、特定商取引法第15条の2に規定された「通信販売における契約の解除」と呼ばれる制度です。
通信販売における契約の解除の制度では、前述した訪問販売や業務提供誘引販売取引のクーリングオフ制度と同様に、その契約に関する商品を受け取ってから8日間が経過するまでであれば、業者の承諾なしに一方的に契約を解除することが可能です(※訪問販売では契約書を受け取ってから8日、業務提供誘引販売取引では契約書を受け取ってから20日以内)。
そのため、この「8日以内に契約を解除できる」という点ではクーリングオフと全く同じと言えます。
インターネット通販に代表される通信販売では、消費者側が自ら自発的に購入を申し込む点で訪問販売等と異なりますが、通信販売では商品を実際に手に取って確認することができませんから、サイズの違いや色、質感、その他商品が実際に手元に届いてから「思っていたのと何か違う」と後悔してしまうことも少なくありません。
そのため、通信販売においてもこのような契約の解除の制度を設けて消費者を保護することにしているのです。
通信販売における契約解除がクーリングオフと異なる点
では、この通信販売における契約の解除がなぜ”クーリングオフ”と呼ばれていないかというと、この通信販売における契約の解除は「特約で排除できる」点と「原状回復にかかる費用」の点においてクーリングオフの制度と異なっているからです。
①「通信販売における契約の解除」は契約時の特約で排除することができる
訪問販売や業務提供誘引販売取引におけるクーリングオフの制度では、契約の時点で「この契約はクーリングオフできない」という合意をすることはできません。
訪問販売や業務提供誘引販売取引におけるクーリングオフは消費者を保護するうえで絶対に必要な制度ですから、たとえ消費者側が応じてもクーリングオフを契約時の特約で排除することは認められないからです。
しかし、通信販売における契約の解除の制度では、契約の際にあらかじめ消費者側が応じているのであれば、この通信販売における契約の解除の制度を特約で排除することが可能です(特定商取引法第15条の2第1項但書)。
前述したように、通信販売では消費者側はあらかじめ商品の品質等をある程度チェックしたうえで購入を申し込んでいるのですから、消費者側があらかじめ「契約の解除は必要ない」というように合意しているのであれば、その合意を排除する理由もないと考えられるからです。
【特定商取引法第15条の2】
通信販売をする場合の商品(省略)について広告をした販売業者が当該商品(省略)の売買契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者(省略)は、その売買契約に係る商品の引渡し(省略)から起算して八日を経過するまでの間は、その売買契約の申込みの撤回又はその売買契約の解除((省略)を行うことができる。ただし、当該販売業者が申込みの撤回等についての特約を当該広告に表示していた場合(省略)には、この限りでない。
② 原状回復費用は商品の購入者の負担となる
また、通信販売における契約の解除の制度は、原状回復にかかる費用をだれが負担するかという点でも訪問販売や業務提供誘引販売取引におけるクーリングオフの場合とで違いがあります。
訪問販売や業務提供誘引販売取引におけるクーリングオフでは、クーリングオフによって契約を解除した後の原状回復費用(たとえば商品を業者に返送する場合の運送料や支払った登録料を返金してもらう場合の振込手数料など)は全て業者側の負担となっています。
訪問販売や業務提供誘引販売取引では「不意打ち的」に商品等を販売することになるのですから、クーリングオフを原因として発生した損害についても業者側に負担させようとする考えがあるからです。
しかし、通信販売における契約の解除の制度では、契約の解除によって発生した返送料等は、全て商品の購入者側(消費者側)が負担しなければならないことになっています(特定商取引法第15条の2第1項但書)。
前述したように、通信販売では「不意打ち的」な状況で商品を購入させられているわけではありませんから、契約の解除によって発生した損害は購入者(消費者)の側に負担させる方が両者の公平性に合致すると考えられているからです。
以上のように、通信販売における契約の解除の制度では、「特約による排除」と「原状回復費用」という2つの点でクーリングオフと性質が異なることから”クーリングオフ”とは呼ばれないようになっています。
しかし、8日以内であれば業者側の承諾なしに「一方的に」「無条件に」「理由がなくても」契約を解除できるという点においてはクーリングオフとまったく変わりはありませんから、インターネット通販に代表される通信販売で商品を購入した場合においてもこのように契約解除の手続きが制度化されているということは覚えておいて損はないのではないかと思います。
なお、インターネット通販における契約解除の手続の詳細についてはこちらのページを参考にしてください。